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神話・迷信?

九星・気学がなぜ迷信の様に誤解された時期があったのかは、東洋運命学の起源と言われている「河図」「洛書」からと言われています。


中国の伝説

河図 中国の創生建国にまつわる伝説では伏義氏が王であった世に黄河から竜馬が出現しました。その馬の腹には不思議な文様がありました。一より十に至る施紋がありあたかも天の星をかたどるように見え 、これを図に著したのが河図と呼ばれ、やがて易の基(先天定位)になりました。

洛書また中国の最初の歴史書と言われる、漢朝の時代に司馬遷が書いた「史記」のはじめに五帝本紀があります。これは夏、殷に先立つ五帝時代の伝承記録と言われていて 、五帝の黄帝の最後の帝舜の時代に大洪水が起こり帝舜の家臣である「禹」と言う人物が治水工事を着手し苦難の末に氾濫を治めました。
その時期に黄河の支流の洛水より神亀が浮かびあがり ました。その背中には一から九までの数の神紋が八方と中央の地点に並んでいました。これを洛書と言い「九星の正位」とされています。

「九を戴き一を覆み三を左にし七を右にし二・四を肩となし六・八を足となし、五は中央に居る。横・縦・斜いずれより数うるもその数十五」と説かれていたとか。
天命・地命による人への影響をとらえて法則を理解、推察して人を幸福に導くべく「洛書」を完成したと考えますが、これは考え方によると数学のあそびで、単純な方式の魔方陣のようなものと考えられ たこともあり迷信説を進めたようです。あくまでこれは神話であり宇宙の真理にのっとり国の経済の根幹の知識を表現した考えであると言われています。


日本における九星の歴史

日本における九星の歴史は六世紀初頭から陰陽五行説、方術が百済から伝わり同じく七世紀初頭に暦本、天文地理書、遁甲方術が伝わりました。

奈良時代に吉備真備が唐から帰国し持ち帰った書の中に奇問遁甲と九星がありこれが日本での九星占術の始まりと言われています。
ただ当初は秘中の秘伝とされ一般化せず、陰陽寮の関係者や上流階級などの、ごく一部の人々によって静かに伝えられたのみとされていました。

江戸時代に清から多くの運命学書が入り、松浦琴鶴が「九星方鑑学」を教授し、明治42年に「気学」ということばが荻野地角(園田真二郎)により生まれました。
そしてその後も様々な論議が交わされ、平成20年の今もなお気学は多数の占術家によってより良い発展を続けています。

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